■長野県松本市「大久保醸造店」
突然ですが、食べ物が目的で引越しをしたことってありますか?
僕はあるんです。
松本に大久保醸造店というお醤油屋さんがあるのですが、僕はそこの「本造り甘露醤油」の大ファン。だけれど、その醤油を扱っているのは僕が住んでいる東京では一軒だけ(当時)。自分が住んでいるところからだと電車で2時間くらいかかってしまうので、結婚を機に、お店の近所に引っ越してしまいました。
そんな愛しの大久保醸造店に、フォーラムの皆と松本を訪れた際、行くことができたのです。僕の近所のお店では本造り甘露醤油しか見たことがなかったのですが、行ってみるあるではないですか、色々な醤油が。薄口醤油の「紫大尽」、「紫歌仙」、厳選された素材で造られた「すだちぽん酢」などなど。うーん、どれも試してみたい!結局目に付くものを片っ端から買ってしまいました。
社長の大久保文靖さんはとても気さくな方で、来意を告げると、「ほんとの野沢菜漬け食べたことあるかい?ちょっと食べていきなよ」といって、僕たちをもてなしてくれました。その野沢菜着けのおいしいこと。発酵食品のすばらしさを見せ付けられました。
この大久保さん、かなりひょうきんな方で、話の合間合間に小ネタを披露してくれるのですが、食、ことに醤油に話がおよぶ時は真剣そのもの。「相手にうまいものを要求するには自分でそれだけの見識を持たないと片手落ちになる」という言葉にはしびれました。醤油を造るにあたっての色々な信念もうかがうことができ、これはおいしい醤油ができるわけだと実感しました。
大久保醸造店の醤油をひとくち口にふくむと、醤油が発酵調味料であることを思い知らされます。舌に広がり、体の奥底にまで届きそうな複雑で甘美な味。そのままずっと飲んでいたいくらいおいしいのですが、食材と出会った時、掛け算というかなんというかほんとにものすごいことになります。ゆでてアクを抜いた蕨にただ大久保醸造店の紫大尽をかけたのですが、これが醤油をかけただけとは思えないすごい味。細心の注意を払い、最高の技術で作られた料理のようです。
この大久保醸造店の醤油は、日本の大切な宝だと思います。
手仕事フォーラム 藤岡泰介 |