能登仁行和紙 訪問地:石川県輪島市三井町仁行 2004.4.4

 杉の皮を漉いた美しい紙が、隠れ里のような静かな山中で作られていました。「能登仁行和紙」の杉皮紙です。紙に漉かれて純度を増した杉皮の自然な色合い。雑物を流し去った素材の深み。壁に貼って一緒に暮らしたい……思わず手が伸びてしまうような美しさです。

 能登半島北部のほぼ中央。仁行川に沿った山里は、春の雨に濡れていかにも紙の里といった風景の中にありました。しかし、仁行は山仕事を生業とする里でしたが紙漉の伝統はありません。能登仁行和紙は、ここで孤高に紙を漉く遠見和之さんの工房が生み出す紙の呼び名です。

 仁行和紙は、和之さんの祖父周作さん(故人)が終戦で大陸から引き揚げて来ると、思い立って始めた紙漉なのです。独学でした。おまけに、他の産地と同じ紙を漉いたのでは勝負になりません。しかし幸い、周囲には杉があり、製材所があり、杉皮が捨てるほどありました。杉皮の和紙は、周作さんの信念と山里の風土から生まれた必然の紙だったのです。

 杉皮、萱、草花……娘、そして孫へと受け継がれた仁行和紙は、どの紙にもけれん味がありません。水槽に引かれた透明な山の水と共に、これがこの工房の「伝統」に違いありません。

 

手仕事フォーラム 大橋正芳