蟻川工房 訪問地:岩手県盛岡市青山 2004.9.14

蟻川さん
機織り機の前で作業をする蟻川さん

 他の地域に比べ東北には、まだまだ健全で美しい手仕事が数多く残っています。それらを調査する為に宮城、岩手、秋田を訪れました。その際に訪れた場所の一つが、岩手県は盛岡市にある蟻川工房です。 蟻川工房は大変美しく上質な手織りの毛織物(ホームスパン)を製作するところとして知られ、かの柳悦考の元で織りを学んだ故蟻川紘直氏がこの地で工房を構えたのが始まりです。現在は奥様である蟻川喜久子さんが代表として仕事を続けています。

 今回の調査では、実際に製作過程を見ることはあまり出来ませんでしたが、その代わりに蟻川さんより貴重なお話をいろいろと聞くことが出来ました。少しではありますが工房での風景を写真に収めてきましたので、それと合わせて簡単にその内容をご紹介致します。 まず道具について、ここでは手に触れる道具はほとんど、工房の人たちによる手作りだそうです。作り手それぞれに合わせて、より使いやすく、無駄な機能は一切省いて作ります。「与えられた道具、素材でものを作るのは趣味レベルであり、プロとして出来る限りの範囲で全ての工程に携わるべき」、また、「そうでないと、どうやって自分の作り出したものに責任が取れるのか」とのことでした。作り手としての意識の高さ、作り出すものに対しての自信が伺えました。おそらく手仕事に携わる人すべてにあてはまる言葉でしょう。 次に、手仕事によるものは、人が使うものとしては最良のものであるということです。生産コストなど諸事情があるので、価格などを含めてすべてが最良であると言い切るのは難しいのですが……。

左:色とりどりの毛糸がぎっしりと棚につまっていました。その時々の用途に合わせて、すべて本人たちで染めて使うそうです。ひとつの色を作るのも、何色もの色を混ぜて作るので、ずっと深みが出てきます。

右:小枠といって、経糸の長さを決めていくもの。また、糸のよりを定着させることにもなる。


それを巻いています。この道具には経糸の長さを揃える為に、回転計を付けています。作業しているのは工房の伊藤さんです。
トンボと呼ばれる。竹で出来ているので、糸に余計な力が加わりません。調度良い力でたわみます。 シャトルがたくさん。用途によって使い分ける為に、様々な型、大きさが用意されています。

数十年前の古いジャケットをリメイクして
ベストにし、蟻川さんが着ているそうです。
そんな昔のものとは思えない程、綺麗でした。
色合いが非常に美しい。

 一つの例として、蟻川さんが織った服地による古いジャケットを見せて頂きました。数十年前のもので、かなりの頻度で出来上がった当時より着用されているにも関わらず、一見すると新品のように綺麗でありました。手による仕事の為、余計な力が加わらず、一本一本の繊維が絶妙な強度を持つことが出来ます。なので毛玉が出てきたとしても、すぐにそれが自然に落ちていくそうです。これが工業製品だとそうはゆきません。手織りは、着れば着る程に余計な糸が抜け落ちて、どんどんすっきりとした印象になり、なんとも言えない軽やかさが出て来ます。出来たての新品より、使いこんだことによりずっと深みが増して、味があるのです。古臭いという感じではなく、逆に新鮮な印象を与えていました。

“ものを使う人が育てる”というのは、まさにこのことでした。

手仕事フォーラム 鈴木修司