手仕事調査Kuno×Kunoの手仕事良品

Kuno×Kunoの手仕事良品

#003[ナバテボ] 大分県日田市

 1996年より鳥取民藝美術館の美術顧問として展示する仕事を引受けた。一回のテーマごと約250〜300点ほど、年3〜4回プロデュースすることとなった。選択の際に参考としたのは蔵品目録に加えて、1992年発行の本「鳥取民藝美術館」。これは5,000点の収集品の中で秀逸な品を選りすぐった内容だったので、この本に掲載された物からも展示品を選ぶことにしたのだ。

本をめくっていた時、ひとつの篭(かご)に目が留まった。写真にはただ「手提篭」という文字のみ添えられて産地が明記されていなかったが、私には思い当たる篭があった。九州地方で一般的に「ナバテボ」と呼ばれる篭である。「ナバ」はシイタケやキノコ、「テボ」は篭を意味する(鹿児島では「テゴ」とも呼ぶ)。つまりこれは持ち手の付いた、キノコを入れる篭ではないかと考えたのだ。
 というのも、私が学生だった1970年ごろ、日本各地の竹細工を集めている先輩が出版した本に、この篭と同じ物が載っていたことを思い出したからだ。本には篭の生産地は大分県 国東(くにさき)半島の入口にある 杵築(きつき)と書いてあった。

この「ナバテボ」の特徴は洗練された竹の編み方をしていること。狭い数本の竹ひごを揃えて編み上げていく「網代(あじろ)編み」の手法は大分県別府の製法の影響を受けたものだろうと思った。竹ひごの表皮はきれいに削がれ(「磨き」と呼ばれる)、さらには手が当たっても怪我をしないよう、ひごの角は薄く面を取っている。非常にていねいな「ひご取り」と繊細な編み組みは、別府にある竹細工や篭づくりのための専門学校「竹工芸試験所」でつくられる芸術的、技術的にレベルの高い篭と相通じるものがあったのだ。この試験所では繊細で装飾的な、たとえばお茶道具など高級な用途に使われる篭のつくりかたを教えている。

onta図録「鳥取民藝美術館」に手提篭としてナバテボが掲載されていた

 本来、農作業で用いる篭は実用に即した物。使えば汚れるし、大雑把な使われかたをするゆえ、荒っぽいつくりが多い。ところが、この「ナバテボ」は実用的な篭なのに、かなり細やかな神経を配り、つくられていた。その外見に周辺地域の影響を受けたのでは、と考えたのである。美しさを求めたわけではないけれど、技術的な見所を備えている。それは実用性のみでなく、もうひとつ加える要素がないと一般社会ではなかなか売れないということ。たとえこういう実用品でも都会地では見てくれの良い物をユーザーが欲しがるということではないだろうか。

 このように特色のある「ナバテボ」に惹かれ、再現してみたいと思った。ならば、誰に頼むかと思案したが、九州一般の竹細工のつくり手は実用的な農具、いわば民具をつくる人が多く、ここまで細かい仕事はやりたがらない。困ったなあと思っていたら、ちょうどそんな時に別府の竹細工試験所で約3年間勉強し、故郷の神奈川県 足柄(あしがら)に戻ってきた青年、辻村一郎君が私のところに訪ねてきた。竹細工で仕事をしたいために方々へ相談しに回っていたのだった。「じゃあ、君はこんな篭をつくれるかい?」とナバテボの写真を見せた。すると彼は「これは別府の竹細工に影響された物でしょう」と即答し、こういう物は得意だと言葉を続けた。ただし実物を見ないとわからないと言うので、鳥取民藝美術館から蔵品を取り寄せて青年に渡し、まず手始めにそっくりの類似品を製作してもらうことになったのである。

編む竹は生えてから2〜3年くらいの真竹が丈夫でふさわしいとされるが、辻村君が用いたのは足柄近辺の真竹であり、九州の真竹に比べると粘性が足りず、篭の縁に巻くことができない。そこで縁の部分だけは柔らかい笹竹を使ってもらったのだ。苦心の末、ナバテボが見事に再現できたのであるが、労力の割には収入が見合わないからと彼は竹の仕事から離れ、ナバテボの復刻は休止することに。

ナバテボ
左は辻村君、右は森さんがつくった。真竹の伐採に適した時期に森さんへ発注し、鎌倉「もやい工藝」で販売される。大きさはこの大小2サイズ

 辻村君に再現を依頼し、「もやい工藝」の店頭に並べたナバテボを手仕事フォーラムのメンバーである北島タカユキさんが購入していた。北島さんは、ナバテボに本を入れて持ち運び、リビングやベッドで読書を楽しむための「移動図書館」として愛用しているとフォーラムのブログに書かれていた。ナバテボはキノコ取り用の篭だけど、マガジンラックにもなるし、スリッパ入れにもなる。農具がそのまま、物のかたちを変えなくとも、現代の暮らしにも使える。私は北島さんの文章に後押しされるように、この仕事の復活を再び思い起こしたのであった。

そして、一人のつくり手がすぐに頭に浮かんだ。大分県日田市の森 新緑(しんろく)さん、昭和17年生まれの篭づくりの名手である。森さんは似たようなキノコ入れの篭をつくっているし、彼ならば順応してくれるだろうと、実物を持参してナバテボのサイズを採寸してもらった。あとは「8寸×5寸の 筏(いかだ)底(筏状の形をした底面。篭は底のサイズにより、全体の大きさが決まる)、網代編みで巻き上げてくれ」と頼めば、写真から判断して見事に再現してもらうことができたのであった。編む竹ひごも縁の竹も同じ日田産の真竹を用いたのだが、縁だけは柔らかな一年物を選んでいる。

消失した美しい手仕事の品を甦らせるだけでなく、本来の用途とは別に現代の家庭で転用可能なことを提案し、永続の道を探る。これも私たち手仕事フォーラムのたいせつな活動のひとつである。

(語り手/久野恵一、写真・聞き手/久野康宏)

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