手仕事調査Kuno×Kunoの手仕事良品

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#006[白木のパン皿] 富山県南砺市

 私自身が木工品を推薦する場合、好みもあるが、だいたいが拭き漆(うるし)をほどこした物となる。これは木地面に生漆を薄く塗りつけて、布で拭き取りながら丹念に磨いていく手法だ。世間一般の傾向として最近は北欧の仕事に影響されたのか、塗料を塗っていない白木(しらき)の木工品がかなり出回っているようだが、湿度の高い日本ではカビが発生しやすいし、長い使用に耐えられるようにするためには、漆を塗って保護するのが常道なのである。

左が40年以上使い込んだ樺のパン皿。
これをベースにケヤキの古材で製作したのが右の皿(約1年間使用)

パン皿の裏面。運びやすい形状をしている

 ところが2年ほど前、この考えを修正せざるを得ない物に出合った。民藝運動の創始者、柳宗悦(やなぎむねよし)の直弟子であり、倉敷の民藝館を創設された外村吉之助(とのむらきちのすけ)さんのご次男の奥さんと懇意にしていて、その方のお宅を訪れた時のこと。彼女がクッキーを載せて出してくれた、白木の使い込んだ皿に一目で惹かれてしまったのだ。祖父の吉之介さんが泊まりに来た際にこれでパンを出したら、手を叩いて喜んでくれたという。そして「日本の物ではないな。どこの国の物だ? どうして君の家にあるんだ?」と尋ねられたそうだ。 この木皿は1960年頃にご主人の転勤先である広島で、パン屋の「アンデルセン」が買い物のポイントを貯めると景品としてプレゼントしていた物。白木のため、最初、彼女も抵抗を感じたけれど、毎日のように朝食のテーブルに並べ、バターの油が自然と染み込んだり、使用後にお湯でていねいに汚れを拭き取っているうちに、味わい深い色合いになったのだという。
 木皿の材料は広葉樹の堅い木、樺(かば)と思われるが、木目が無く、白みが強いことから、そこに黒みの強めな塗料を施して使い込んでいくと、長い間に良い味わいが出てくる。松本民芸家具や北海道民芸家具が樺を家具の材として用いるのは、そうした理由もあるからだ。白木の木皿は色を塗らずとも、大事に使い続けていくことで「味」が出ることを教えてくれたわけで、大いにショックを覚えたのである。拭き漆により木目を出すことがベストとは限らず、たいせつに長く使い込んだ物もまた、素晴らしいと気づかされたのだった。
 木皿のつくりの仕上げが細部にわたり用途を熟慮している点にも感心した。木がささくれないよう入念にサンドペーパーで表面を滑らかにしているし、裏側の窪みも皿を持ち運びやすい形状だ。極めてシンプルなかたち。それでいて力がある。私はこの木皿は暮らしの良品として推薦できる物と確信し、かたちをなぞりつつも、さらに使い勝手の良さを考えて、新たな提案のパン皿をつくることを決心したのだ。


食パン一枚が調度収まる大きさ

 では、誰にパン皿を製作してもらおうかと思案していたら、一人の木地屋を思い起こした。2001年頃に知り合った富山県南砺市(なんとし)で「わたなべ木工所」を営む渡辺章治(しょうじ)さん(56歳)だ。南砺市に隣接する庄川は挽物(ひきもの)木地の生産が盛んで、木地屋の多い地域。そうした木地屋で構成される庄川木工協同組合もあり、渡辺さんも属していた。しかし、現実は木地師の仕事だけで生活していくのがとても難しい。渡辺さんの家も先代から木地屋だったが、この仕事だけでは将来食えないと、若い時に独自で漆の勉強をした。木地づくりに加えて漆を塗る仕事もこなせるために、生計を立てるのに役立つである。
 彼はこのように単なる職人に終わらず、社会に目を向けている人で、ロクロだけでなくルーター(刃物を高速回転させて切り抜き、面取りなどの加工をする機械工具)による加工も得意だという。
 そこで、渡辺さんにパン皿を製作してもらおうと、見本を携えて彼の工房を訪ねたのだ。そして一般家庭の中で木工品を使い込んだ味を実感してもらえるように、白木のままにして欲しいとお願いをした。渡辺さんは当初渋っていたが、納得すると早速、古家を解体した際に入手したケヤキの廃材ならば大きなものは無理だが、パン皿くらいならつくれると応じてくれたのだ。
 堅くて丈夫なケヤキは拭き漆をかけると美しい木地の光沢が出る。渡辺さんはさぞかし塗りたかったことだろう。しかし、拭き漆をかけた物は全国どこにでもあるし、毎日頻繁に使う物だったら白木のままで十分だ。むしろその方が経年変化をもたのしめることになる。


ロクロで木地をつくっている渡辺章治さん

 白木のパン皿は手仕事フォーラムが打ち出す新たな提案である。今回はケヤキという良い材だったが、大工、建具職人、家具職人が現場で切り落とす木っ端をくべて灰にするだけではなく、他に活かす手段があるということ。そして、節があるような材でも使い込むことで暮らしの良品に転化できること。さらには、漆と白木の物は暮らしの中で使い分けられるし、伝統に固執することなく、取り入れ方はいろいろあることをみなさんに伝えたい。
 また今後、森林伐採は見通しが暗い状況だが、堅木の資源を材料として活かしていく方向を模索する上でも、このパン皿はひとつの提案になるのではないだろうか。

(語り手/久野恵一、聞き手/久野康宏、写真/大橋正芳)

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